自分の仕事は、自分でつくる

明日の仕事のヒントと、行動力の高め方

主語が変われば、言葉の意味は変わる

個人的に応援をしていた登山家、栗城史多さんがお亡くなりになりました。登頂を目指していたエベレストの下山中に遭難し、遺体で発見されたそうです。
ちょっと心のパワーが落ちているなぁと感じたとき、寝る前に著書の「NO LIMIT」をパラパラとめくっていたりもしていたので、亡くなったというニュースは本当に悲しかった…。

 

栗城さんは常に賛否両論ある登山家でした。
ファンもアンチも、とても多かった。
その栗城さんのニュースにはいつも、「無謀」「無茶」という単語が多く使われていたように思います。今回の悲しいニュースでも、やはりその単語は多用されていました。

 

彼に関するニュースを読むたびにいつも思っていたのは、「主語が変われば、言葉の意味も変わる」ということ。

 

今回の挑戦も、栗城さん自身が「無謀な挑戦かもしれない」と語るのと、身近な関係者が語るのと、記事を読む一般人が語るのとでは、その言葉の意味が全然変わる。
ここで並列にたとえ話で挙げるのはどうかと思いますが、ニッポン手仕事図鑑を立ち上げる際にも、「なかなか無茶な挑戦です」と僕自身も語っていましたが、周囲の人も同じ言葉を使っていました。でも、そこに込められた意味は、そう、全然違う。

 

だからニュースを読むとき、あるいは人から話を聞くときなどは、その言葉の主語を意識することがとても大事なのです。

 

さて、しんみりしたままで終わらせたくないので、おまけです。
「おいしい」も、主語が変われば、意味が変わります。一昨日から滞在した青森で、3日間“おいしい”ものをいただきました。皆さんも青森に来たときは、ぜひ。