自分の仕事は、自分でつくる

多くの仕事がなくなる10年後を生き抜くためのヒント

「説明」や「意味」に逃げると、感性はどんどん鈍っていく


本を出版しました!

今日は終日撮影でかなり疲れていているので、自分自身のために、備忘録を書いておく程度のネタです…。ご容赦ください。
ちなみにいきなり脱線しますが、今日の撮影はこれでした。


いや、本当に早かった…。おめでとうございます。その肉体美とイケメンっぷりに、羨ましさ全開になった1日でした。世界で戦う男は、やっぱりかっこいいものです。憧れます。

 

さて、本題です。
今日備忘録的に自分自身に向けて書いておきたかったこととは、「説明や意味に逃げると、感性が鈍る」ということ。

 

まだ20代くらいの頃は、「“何か”グッとくる」「“何か”心に残る」と、言葉にできない“何か”をとても大事にできていたのですが、ある程度年齢を重ねて、それなりに経験を積み、それなりのポジションと責任を背負い、結果を求められるようになってから、自分が提案する企画やアイデア、デザインやキャッチコピー、ネーミングについて、考え方や意味を言語化して伝えられないものを、よしとしないようになってしまったのです。そう、「何かいいな~。うまく伝えられないけど…」を闇に葬ることが増えて、説明できるものばかりを提案するようになりました。

 

これを続けていると、自分を退化させることにつながるな、と。

 

もちろん、どのように課題に向き合い考えたのか、どのような意味や想いを込めたのかを説明できることは素晴らしいことです。提案する相手に納得感や安心感を、与えてあげられますから。
ただ、提案するものが説明できることばかりに“逃げてしまう”と、感性がどんどん鈍くなって、相手の80点を取れても、120点は取れないし、満足はさせられても、感動はさせられないな、と。そんなふうに最近考えることが増えまして…。

 

コンペで勝つ企画の話を聞かせてくださいとお願いされたとき、ごくごくたまーに、「勝てる企画と、感動させる企画は、かなりの割合で別物だったりする」なんて話をするのですが、本音を言うと、やっぱり誰かの120点を狙いたいし、感動もさせたい。そして何より、自分の感性を鈍くはさせたくない。

 

だから、「たまには説明できなくてもいいし、意味なんて持たせなくていいから、自分の何となくいいな~を提案してみようよ!」と自分に言ってあげたいな、と。
というわけで、今日の備忘録でした。

 

最後にもう1回、日本のリレーチームの皆さん、素晴らしい走りをありがとうございました!

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