自分の仕事は、自分でつくる

多くの仕事がなくなる10年後を生き抜くためのヒント

いつか子どもができたら、自信を持って言ってあげたい! と思っていたこと

いつか子どもができたら、自信を持って言ってあげたい! と、二十歳になったくらいからずっと心に秘めていた想いがありました。

 

それは「たいした才能がなくても、努力をすれば、大それた夢でなければ、叶えられる」ということです。「努力をすれば、夢が叶う」と子どもに言ってあげても、「じゃ、お父さんは何が叶ったの?」と聞かれて、「いや、それはさ…」とは言いたくない。

 

「署名原稿を書けるライターになる!」と両親に宣言をしたとき、母親に「作文もまともに書けたこともないし、国語でいい点数を取ったこともなかったのに? ライターというのは、才能がある人がなるものだから、悪いことを言わないから、止めておけば?」と言われたりしました。最後は「ま、あなたがやりたいなら、好きにすればいいけど…」と言ってくれましたが…。
ちなみに父親はノーコメント。でも、本当は料理人になりたかったけど、父親に説得されて就職をした過去があったので、心の中では「後悔しないようにやれ!」と言ってくれていたような気がします。今度、真相を聞いてみようかな…。

 

さて、本題に戻ります。
恥をさらすと、小学校の頃に書いていた作文のあまりの“下手くそさ”と、国語の成績の悪さを知っていた母親だからこそ、わざわざ苦労をする道に進まなくても…と心配になったのだと思います。景気も悪かったので、そう思うのは当然です。

 

で、まあ、紆余曲折あり、何とかフリーペーパーを制作をする会社に滑り込んだものの、あまりの文章の下手くそさに何度も何度も原稿を書き直す日々が続き、「親には、やっぱり難しいんじゃない?」と言われ、自分もこの道を進み続ける覚悟が揺らぎはじめ…。

 

そんなときに心の支えになったのが、いつか子どもができたとき、「たいした才能がなくても、努力をすれば、大それた夢でなければ、叶えられる」と言えるようになりたい! という想いでした。
だから、とにかくまずは「ライターを目指している人や、駆け出しのライターの誰よりも、『自分が一番努力している!』と言えるところまで頑張ろう!」と決め、たくさんの文章を読み、たくさんの文章を書き、少しずつまともな文章が書けるようになりました。

 

そして、転機がやってきました。
「東京カレンダー」という雑誌で連載を持つことが決まり、署名原稿だったので、自分の名前が目次や誌面に出たのです。それを見た瞬間、親も全力で応援してくれるようになり、自分もこの道を進んでいく覚悟ができました。

 

そんな日々を振り返ってみて思うのは、自分の心の支えになる言葉を持つことの大切さと、まずはライバルたちの中で「一番努力をしている!」と言えるくらいまで、1度やってみよう! 諦めたり、人生を考えるのは、それからだ! という想いを持てば、夢を自分の手でたぐり寄せることはできるということ。そして、その経験がきっと、次の夢をたぐり寄せるエネルギーになるということ。

 

今、夢を挑戦するまでもなく、諦めようとしている大学生が結構いるように感じています。自分は何が得意か、何が向いているかなんて、誰にもわからない。だったら、まずはライバルたちの中で「一番努力をしている!」と言えるくらいまで、1度やってみよう! 諦めたり、人生を考えるのは、それからだ! と思ってチャレンジしてみるのも、悪くはないと思うのです。幸運にも、今はすべての業界で人材が不足している。ちょっとつまづいても、生活をしていくための仕事には就けますから。

 

ちなみに、当時一番憧れていたのは、金子達仁さんでした。


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