自分の仕事は、自分でつくる

多くの仕事がなくなる10年後を生き抜くためのヒント

人を育てるって、何だろう?


9月23日、本を出版しました!

誰でもひとりかふたりは、人生の中で「自分を育ててくれた人」「自分を成長させてくれた人」と出会っていると思います。私にも当然、何人かいます。

 

ちょっと、その人を思い浮かべてみてください。どんな人でしょうか?

 

自分のことをお話をすると、「何でこんな教え方しかできないんだ?」「何でこんな言い方なんだ?」「何でこんなに厳しいんだ?」と、一緒に働いているときは思いっきり不満を感じていた人が、自分を育ててくれて、成長させてくれた人でした。不思議なもので、ただ優しいだけの人とは縁が切れて、不満を感じていた人たちと、その後も深いお付き合いをしています。

 

当時を振り返ってみると、仕事をチェックしてもらうだけで怖かったし、逃げ出したいくらいに厳しかったし、時に無茶苦茶だな…、パワハラじゃないか? と思うこともありました。もう嫌で嫌で仕方がなかったのですが、でも今は心から思います。

 

あのとき、あのやり方で自分を育ててくれて、ありがとうございます、と。
むしろ、あのときに厳しく、時に乱暴に育ててもらわなかったら、今の自分は…そう考えると、ゾッとしたりもします。でも繰り返しますが、当時は嫌で嫌で仕方がなかった…。

 

私は人を育てる、マネジメントしていく役割を与えられたとき、そんな今まで自分を育ててくれた人たちから教わってきたある共通のアドバイスを、とても大切にしています。

 

それは、その人のレベルに過保護的に合わせたり、できないことを簡単に許したり、甘やかしたりすることは、本当の優しさじゃない。自分とは別の環境に行ったとき、その人が強く生きていけるように、時に厳しく導いてあげることが、本当の優しさだということです。

 

だから、必然的に厳しくもなるわけです…。あの稲盛和夫さんも、社員や塾生には怒るととても怖く、時に灰皿を投げ飛ばしていたなんてエピソードも聞きますが、それだけ本気で相手を考えて、厳しくすることが本当の優しさであり、その人の未来のためになると知っているからだと思います。

 

でも、その想いは、すぐには伝わらないものです。
相手の性格をどんなに思いやっても、心があまり強くない人には、本当につらい思いをさせてしまうこともある。あのときの自分のように、「何であの人は…」なんて思われているんだろうな、と考えると、少し切なくもありますが、いつか「あのときは、あれでよかったんだ!」と思ってくれる日が来ることを信じて、やっていくしかない。

 

もう5年ほど前でしょうか。私には年下の部下がいました。
その人から「あのときの指導が、今生きています」という言葉とともに、近況報告の年賀状をいただきました。社交辞令でも、こういう言葉をただただ信じるのみ、です。

 

自分も、その厳しい指導に心から感謝できるまで、決して短くない時間がかかりました。ニッポン手仕事図鑑で出会う職人さんも、同じようなことを話す人がいます。

 

K社長、こういう日が来ると、信じるんしかないんです! というメッセージでした。

編集長をやっています。

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